皆さんこんにちは、トンプソンです。
いきなりですが皆さんは、陸上競技における全米選手権のレベルの高さをご存じですか?
毎年行われている全米選手権ですが、オリンピック・世界陸上の代表選考会も兼ねているため、毎年ハイレベルな戦いが繰り広げられます。
なんといってもアメリカの陸上界は総じてレベルが高く、オリンピック・世界陸上の参加標準記録を切っている人は何十人といて、その中で3枠しかアメリカ代表になる権利が与えられません。
しかも、全米選手権は決勝レースの一発で代表が決まります。(1,2,3位が自動的にアメリカ代表になります、この一発勝負はアメリカ陸上界では賛否両論があるそうです。)
そんな過酷なアメリカ陸上界で、信じられないような話が起こりました。
それは、2023年にある一人の青年によって起こります。
彼の名は、コーデル・ティンチ(Cordell Tinch)
彼は何と、陸上競技を本格的に初めてわずか半年でアメリカ代表の座に輝きます。しかも、110mハードルという、アメリカが最も得意としてきた種目の一つであるイベントでですよ!
今回は、そんなティンチ選手の歴史を振り返っていきたいと思います。
プロフィール
●名前:コーデル・ティンチ(Cordell Tinch)
●国籍:アメリカ合衆国
●生年月日:2000年7月13日
●身長:188cm
●体重:77kg
●自己ベスト:110mハードル=12秒96、走り幅跳び=8m16、走り高跳び=2m21
幼少期
彼はアメリカのシカゴで育ちます。
彼はジュニア時代に陸上競技を始めました。当時専門としていた三段跳びでは14m99を記録し、当時彼が通っていた学校があったウィスコンシン州の州記録を樹立するなど、早くから才能が垣間見えていました。
ティンチ選手は陸上競技以外にも、バスケットボール、アメリカンフットボールでもプレーしており、NFLでプレーすることも期待されるほどの実力者でした。
大学時代は、アメリカンフットボールの奨学金を得てミネソタ大学に進学。しかし、彼はそこでアメフトは自分に向いていないと判断したようで2019年に転校してしまいます。
その転校先というのが、ピッツバーグ州立大学。もともといたミネソタ大学は全米学生スポーツのDivision 1(日本の大学スポーツで言うところの1部)に所属している学校でしたが、編入先のピッツバーグ州立大学はDivision 2(日本の大学スポーツで言うところの2部)に所属している大学で、スポーツをするにはレベルが落ちてしまう環境でした。
新天地で、昔得意だった陸上競技を再開しようとしていた矢先、なんと編入のルールやら色々とトラブルがあり、結局彼は新天地のピッツバーグ州立大学生として大会に出場できなくなってしまいました。
さらに追い打ちをかけるように、2020年にコロナウィルスが全世界に流行したせいで、学生スポーツの大会が禁止に。
同じ時期に、ティンチ選手はメンタルヘルスの問題も抱えていました。
不幸が重なり、ティンチ選手は陸上競技と大学を辞め、地元に帰る決断をしました。
救ってくれたのは友人だった
地元に帰ったティンチ選手。
彼は約2年間地元の携帯電話ショップで働いて何とか生活していたらしいです。
そんな中、2022年8月に昔のチームメイトや友人がティンチ選手に突然連絡をしてきました。
「また、陸上競技を一緒にやらない?戻っておいでよ!」
迷ったティンチ選手は、母親に相談しました。
母親からは
「あなたがやりたいことはやってみるべきよ! 陸上競技で成功するかしないかはやってみないとわからないよ!」
とティンチ選手の背中を押してくれました。
そしてついに彼は決心します、陸上競技にと大学に復帰することを!
大学時代のキャリア
ティンチ選手は2023年1月に古巣であるピッツバーグ州立大学に復学し、トレーニングも再開します。
2月に行われた全米室内大学選手権(Division 2)では、60mハードルでなんと優勝し、7秒50のDivision 2記録を樹立するという驚異的な復帰戦を飾りました。
その後、4月になり屋外シーズンへと突入。
シーズン最初のほうは、ハードル独特のリズムに体がついていけず、バランスを崩し転倒するというアクシデントもありましたが、徐々に慣れていき、13秒32まで自己ベストを伸ばしていきました。
ただでさえ、13秒前半のタイムは速いのに、これが復帰してから4か月しかたっていないというのはかなり驚きですよね!
さらにティンチ選手の快進撃は続きます。
5月に行われた大会で、なんと追い風参考記録ながら12秒87というタイムで優勝してしまうのです。この時の追い風は6mありましたが、それでも大学生でこのタイムを出せる選手は世界でも彼しかいませんでした。
アメリカ陸上界のニュースとなりました。
その後、6月に行われたアーカンソーグランプリでは、ついに公認記録の12秒96(追い風+1.3m)をたたき出してしまったのです。
これはかなり衝撃的なニュースでした。
なぜなら、Division 2の選手が史上初めて110mハードルで12秒台で走り、しかもその本人は陸上競技に正式に復帰してからなんと半年しかたっていないという事だからです!
12秒台というのは、世界中のプロ選手でもほとんど出すことのできない1つの壁になっていますが、彼はいとも簡単にそれを出してしまいました。
※ちなみに日本記録は、泉谷選手・村竹選手が出した13秒04(2024年10月19日現在)
アメリカ陸上界で話題となっているティンチ選手でしたが、いよいよ本当の実力を試させる大会が訪れます。
それは、全米選手権。
いくら12秒台を出したとはいえ、それはあくまでも学生スポーツという場での話。
全米選手権は世界中を飛び回るプロ選手たちが集う場なので、ティンチ選手の本当の実力が試される場です。
充当に予選、準決勝を勝ち進んでいき、ついに全米の決勝の舞台に来ました。
肝心のレース結果は、、、、、
なんと、13秒08で2位となり、見事世界陸上ブダペスト大会への切符を手にしました!!!!👏
何度も言うようですが、これは彼が陸上に復帰してから約半年での出来事。
こんな事普通はあり得ません。
しかもその後には、NIKEとプロ契約を結びプロ陸上選手になりました👏
(こんなシンデレラストーリーってあるんですね、、、、笑)
しかし、いざ本番の世界陸上では、初の国際大会で緊張したのか、いつも通りのスムーズなハードリングが見られず、準決勝で13秒31で敗退。世界の壁を知る事となりました。
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オリンピックイヤーとなった2024年の全米選手権では、めっちゃハイレベルの戦いとなりましたが、ティンチ選手は惜しくも4位でフィニッシュ。それでもタイムは自己ベストに迫る13秒03と、力を見せました。
2025年
5月に中国・上海で行われたダイヤモンドリーグにおいて、ティンチ選手は世界歴代4位となる12秒84のタイムをマークします!
今年の東京世界陸上のアメリカ代表権獲得に向けて、大きく前進をしました。
8月の全米選手権で見事2着に入ってアメリカ代表の座を勝ち取ったティンチ選手は、9月に世界陸上東京の地へとやってきます。
男子110mハードルの予選で13.31、準決勝で13.16のタイムで通過し決勝進出を果たしました。決勝では12.99のタイムを出して見事金メダルを獲得します🥇
年次ベスト


ティンチ選手、なんと走り幅跳びも8m16という記録を持つ選手!!
110mハードルと走り幅跳びは踏み切る動作に共通点があるので、得意なのかもしれませんね。
SNS
●Instagram
https://www.instagram.com/cordizzle.pinch?utm_source=ig_web_button_share_sheet&igsh=ZDNlZDc0MzIxNw==
まとめ
Embed from Getty Imagesまだまだ若手のティンチ選手、今後も活躍に期待です。
相変わらずアメリカのハードル界はレベルが高く、グラント・ホロウェイ選手が王座に立っているのでその牙城を崩すのは大変な旅になりますが、ティンチ選手の潜在能力ならきっと崩せることでしょう。
世界チャンピオンになったティンチ選手が次に目指すものは世界記録でしょう。破る可能性は十分に秘めています。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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